ホツマp8 天照と素戔嗚 日本の背後にいる豪族ー月氏との繋がり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ひのかみそふきさきのあや

 

ホツマを読んでいて

アマテラスはイサナキとそのイサナミではない女性との間に生まれたと

前回までに推測しました

 

これはでも本当に謎な部分だと思います

 

というのも

アマテラスは実は男で

2m80cmあったとされていて

500年ほど生きていたとあります

 

これは

・巨人族

の末裔かもしれませんね

堕天使の末裔の可能性があります

 

竹内の宿禰も300年くらい生きていたとかありますが、

今の竹内の宿禰がyoutubeで言ってることには

実は襲名制だから ということで

 

アマテラスも襲名制だった可能性もありますが、

しかし、2m80は巨人の末裔だととれます

 

 

・その頃の中国

では孔子も9尺6寸くらいとされ

もし尺が30cmなら 3m近い超大男になります

関羽も9尺を超えるとありますので2m70以上ですし

 

呂布に関しては一丈あったとされますので3m以上になります

まあでもこれは昔は尺が現代の30cmと違い

昔は23cm前後だったということなので

 

それが本当なら現代にもいるな~とか思いますが、

それでも人口比にして考えると

その比率は多いのでは!?と捉えることができると思いますし

 

例え23cmで計算しても呂布は2m30はあったことになりますね

 

 

この巨人にまつわる話は

食事の回数が増えるに従って寿命が減っていったと書いてあるというので

勾配を重ねるごとに寿命も小さくなっていった ということもあると

巨人のお話の時にしました

 

なのでイサナキとイサナミの子供ではなく

そういう事にした

歴史書は後付けでなんぼでも書き換えられますから・・ね

 

 

で、話戻って

・アマテラス

幼い時の名前 いみなはワカヒトだったんですね

 

天皇家は

男はヒトを入れた4文字 女は子を入れた3文字

 

またヒトという文字には1と10で宇宙全体を意味するとあり

 

それを収める世継ぎにはヒトという字が継承され

女の子は 子供を産むから子ということだそうです

 

伝説では

イサナキの姉か妹であるとされるククリヒメが

おぎゃあおぎゃあ泣いているアマテラスの声を

 

「我はウヒルギなりと言っている」と聞いていて

この意味は

 

大いなるお日様から生まれた男である

ということです。

 

幼少期はタカミムスビ5代目のトヨウケカミのところ

宮城県で色々と教育を受けたとか

 

16歳までハラミ宮で(現富士宮市浅間神社)育ち、

28歳まで日高見のヤマテ宮(現仙台市)でおじいちゃんに当たるトヨウケ神の元で

帝王学と言われる 天成道(あめなるみち)を学んでいた とされています

 

そして成人されて帰京します

 

 

・ヒノヤマト ニイミヤツクリ  

と歌にはあるので

 

ヤマトに新しい宮を作って、先代達が子孫を残せず皇室が絶えた事から習い

子作りに励むべく勤しんだと思います

 

その帰京された土地というのは

富士宮に戻ったのか!?謎になります

 

なんとなくヤマトが山の麓、日本一の山の麓であるという解釈で良いなら

伝えられる様に富士宮の浅間神社にて事が行われたと思います

 

しかし、この浅間神社

もし本当にアマテラスにこんなにゆかりがあるなら

 

後の世において御祭神は

コノハナサクヤヒメではなくアマテラスになると思うんですけどどうでしょう!?

 

姫にしてみればアマテラスが爺ちゃんに当たるわけですし

先祖をないがしろに孫がそのゆかりを差し置いて浅間神社御祭神になる理由が良く解りませんね。

 

アマテラスは日本という国の1番の神社である伊勢神宮にも祀られていますから、

日本で一番 神として祀られているのに?!

ここはアマテラスが居たという実在生を消したい箇所に感じますね

 

まあ話戻って

そこで全国の有力な国神の姫12人集められ

その内の一人サクラウチの娘である、瀬織津姫と結婚したとされています

 

そんなのどかな日々にじいちゃんのトヨウケ神から急使が入り、

アマテラスは京丹後の現比沼麻奈為神社と言うところに慌ててとるものもとりあえず向かいます

 

この比沼麻奈為神社は元は沼と言う字が治めると書いていた と言うこともある

と言うことで、こっちが正しそうだな!?と感じます。理由は後になります。

 

一説では

・アマテラスの時代に大きな反乱

が起きたとされるのですが

これは天橋立のあたりから始まったとされています

 

このあたりというのは前回やった

ホアカリ と イチキシマヒメが徐福とともに降り立った地ですから

 

ひょっとしたら

ホアカリ と 徐福との間にあった

何らかの約束の様なものが破られた可能性なんかも感じますね

 

そこにはアマテラスの正当性に関する問題も含まれていたのでは!?と感じます

 

ホアカリ とイチキシマヒメは結婚して土地に根付いたと思いますので

アマテラスのところに嫁いだイチキシマヒメはひょっとしたら襲名生だったのかな?!

とかも思います、

 

で、そんなホアカリとイチキシマヒメは

子供を産ませて、この国での自分たちの立場を良いものにしようとしていた

 

もしくは、もうこれだけ人心が懐き自分たちもカミ上がりできそうだから

自分たちの子供を真の支配者に とかもあったかもしれません

 

それに対しアマテラスはまだ国を治める力が無かったので

トヨウケカミにお願いして西に来てもらい治めていったということなのですが

 

おそらくこのトヨウケ神を祀ったとされる

比治真名井神社の地形的な観点から行くと、

 

ホアカリ らユダヤ教グループの降りたと思われる籠神社の裏手にあたり

西側の山を越えた盆地の地形にあたり、さらに入り組んだ西の山間にあります

 

 

ここで思うのは

なぜこんな山奥にというのがありますし、

なんで、元伊勢に当たるのにこの神社の様に社格がないのか!?

 

また 籠神社の主祭神ホアカリのみこと (海部氏)海の一族と渡来人であることは

容易に想像がつき

 

トヨウケ神は第5代クニトコタチノミコトで日高見国の国主タカミムスビで

イサナミの父親でアマテラスの爺ちゃんにあたりますから

 

 

これらのことを考えると

ここはまあなんかしら争いがあったと見てとれると思います

 

比治真名井という名前からも

比は比べると書いて比と読ませますが、

単に炎の火であり、争いを指していて

それが治ったから比治になったのかと思います

 

ホツマでは呼び出されたアマテラスが

最後のあめなるみちの奥義を託すためだったとされていますが、

実際は日高見国やヤマトの国連合と新興勢力渡来人との抗争の場だったのかな~!?

とか想像してしまいます

 

そして、トヨウケ神はここに没していることから

戦争に負けたか、お年をめされすぎたか で死んでしまっています。

 

その埋葬した場所の上に朝日神を祀ってトヨウケ神の送り名としている事と

ここが本当の元元伊勢にあたると言うことと、

籠神社が元伊勢に当たるという事と

伊勢神宮の内宮がアマテラスで下宮がトヨウケ神であること、

 

また自分もアマテラスアマテラスと言っちゃってますが、

ホツマでは アメミコはヒタカミヨリゾ と記されている事から

アメミコでありアマテラスとは称されていない事から

天の神子なのか陰陽の王なのか卑弥呼みたいな占いのできる巫女なのか

ハッキリしませんが、

 

トヨウケ神が朝日の神で朝日は太陽と同じで、元の元の伊勢神宮にあたる訳ですから

トヨウケ神が朝日の神で太陽神になり、

 

後付けで、アマテル・アマテラスも太陽神と一緒になった感じがあり、

ごっちゃになってる感がありますね

 

まあ、アマテラスという名前も後付けだと思います

 

で、トヨウケ神の死後にサホコ国をしばらく収めたあと、

アマテラスもここで洞を掘って隠れた とされていますから

ここで埋葬されている可能性があるという事ですね

真実は闇の中ですね

 

あと、またクドクド戻るのですが

・籠神社

もこのという漢字が かごって読めますよね

なんで籠をこのって読ませるのか!?

 

この辺も海部氏=ユダヤで

ユダヤ=失われた10支族で失われたアーク

誤魔化すために全国的にお祭りで神輿を担がせた感

 

結局アークは剣山に隠したけど

戦後、GHQが回収していった という事でしょうか。

 

あとまた触れたくなるのが

このユダヤと共に、そして技術集団のリーダーとしてやってきた方士徐福と、

この時の帰化人だろう秦氏はやはりこの辺の時代のキーパーソンだと思います

 

この

・徐福の船団

の中にはユダヤ教徒が多く載っていて

そして各地に残っていったって考えるとまた

色々と繋がる氣がしますね

 

日本だけでも

熊野、京都の北側、佐賀県、鹿児島、宮崎、愛知、広島、東京八丈島、

秋田、青森、、長野、山梨とたくさんの痕跡が見てとれますし、

韓国の済州島や西側、南側は立ち寄ったと思います。

 

また徐福は2回蓬莱山探しに出ていますからこういった感じで

何年も膨大に費やして、土地土地で秦から来た秦氏と名乗り、

日本の見聞を広め、文化貢献をしたと思います

最終的には山梨に落ち着いた説が有力な氣がします

 

またこれは後の時代の秦氏かもしれませんが

全国にある稲荷神社の総本山である

・伏見稲荷大社

は秦氏が作ったとされ

同時に秦氏の氏神であるとされます

 

また神道の総本山とされ

その祝詞とされる稲荷大神秘文には

 

「それは唯一にして御形なし、虚にして霊あり

 天地開闢してこのかた、国常立尊を拝し奉れば

 天に次ぐ玉、地に次ぐ玉、人に宿る玉

 トヨ受けの神の流れを宇迦之御霊命と生出給ふ(うがのみたまのみこと いいでたまう)」

とありまして

 

そのいなりという言葉の語源になったとされる

JNRI(jesus nazarenus rex indaeorum ナザレのイエス、ユダヤの王)という言葉の頭文字だそうで

他に世界に見られたところはキリストの処刑台ということです

 

またこれはラテン語で INRI とも言われるそうで

いなりの語源になったのでは!?とされています

 

そして群馬県の多胡碑(たごひ)というものがあり

これは最低でも700年ごろのもので

この辺の出土品からは、十字架と古い銅剣が出てきており

 

そこにもJNRIと彫られていたという事と、

この多胡碑の多胡とは胡が多いと書いて多胡と読み、

 

古い月と書いて胡であり、また月ができましたし、

この字は えびすとも読みます

 

エビスとは中国の北に居た異民族を指す言葉で

やはり月氏が多く来た事を示しているととれます

徐福=七福神の一人である恵比寿様という事とも繋がってきますね

 

また近くにある羊神社は

天児屋尊と多胡羊、藤原宗勝を御祭神としており

この辺にも関連があると思えます

 

羊の神様といえばイルミナティシンボル、バアルが思い出されますが

月氏は表でキリスト教、裏でバアル信仰をしていたのではないでしょうか!?

 

もしくは一部的に存在していたとも考えられます

彼らは自分の推察では堕天使信仰=巨人信仰をしていたのでは!?と思っています

 

 

で、せっかくなので

 

ここで

・月氏について

も触れていくと

 

月氏は紀元前3世紀から1世紀にかけて

中央アジアから東アジアにかけて存在した遊牧民の国家になり

紀元前3世紀ごろはモンゴル西域、中国甘粛省西部にまで勢力があったと言う事で

これは始皇帝の秦のすぐそこにまできている状態になります

 

月氏は支那と大陸の西を結ぶシルクロードの

重要拠点に居がありましたから

莫大な富を手にしていたと思われます

 

その莫大な富を持って東にせり出ていったら

秦という国にあたりますが

 

この国も従来の国の王子や権力者に美女攻撃だったり賄賂で買収したりで

秦自体も実際には漢民族の国ではないでしょうから

異民族連合国家であったかもしれません

 

その秦の西にあった月氏は

紀元前176年に同じ匈奴の冒頓単于(ぼくとつぜんう)に追われ

主力は西のアフガニスタン北部のバクトリア王国を征服し大月氏になり

 

別れた小さな方を小月氏と言い、

これは甘粛省にとどまったとされていますが、

 

始皇帝が中華を統一したのが紀元前221年、滅んだのが紀元前206年

その間に始皇帝の作った建物として阿房宮なるものがあります。

これは日本語読みをするとあわの宮になります

 

こんな偶然の一致はあるのでしょうか!?

 

あとは兵馬俑に見られる写実的彫刻は

それまでの中国にはなく、それ以降の中国にも無いものであり

この表現力は古代ギリシャの彫刻と類似しますし

 

この兵馬俑の平均身長は180cmで

巨大化して作ったとされていますが、

もしも本当は実物大ならとても大柄な人達だとなります

まあ、この辺は骨で解りそうですけど、、

 

そして始皇帝の初めて持ち込んだ文化として

石に文字を掘るというものがあります

 

これはフリーメーソンそのものなのでは!?と思ってしまいます

 

青銅製の馬車を持ち込んだのも始皇帝で

これも西方由来とされていますし、

 

またある歴史書の中には

始皇帝統一の年、西方の国境で大きな人にあった

というものがある様です

 

これは巨人を見た!という事は巨人がいた! 

この場合は真実以外書き記す必要性はないですもんね。

 

国境といえば月氏、その中に連れてきていた

堕天使との交配種の生き残り 巨人 がいた

そしてそれを始皇帝は見てしまったんですね。

 

この巨人もやはりキーワードだと思います

 

アマテラスも2m80cmあったという事ですし、

またスサノオも馬を屋根から投げ落としたというくらいですから

なにかしら巨人の匂いを感じてしまいます

 

 

また

秦の建国はアメリカの建国に似ているとされたりしていますし、

 

自分の見たところ、日本も酷似していると思います

日本に残る地名で大月など月を残すところなんかはもろな部分だとおもいます

 

韓国南部にも秦韓人と言うものが魏志に出てきますが

この秦韓人は秦の字が辰と書かれたりしますが、実際は秦であり秦韓人であった

秦から来た渡来人であったという事で、韓国でも同じ様に通り過ぎてきたんですね

 

まあこんな感じでちょっと本当は前回の

始皇帝と徐福のところで触れたかった事になるのですが

 

今回でやっと、

この月氏、秦、徐福、秦氏、キリスト教、一部悪魔崇拝、

実はユダヤ教徒とバアル信仰、またそれらに混じってゾロアスター教やドルイド教といった

悪魔崇拝教という繋がりが見えた氣がします

 

ここで出たドルイド教にたどり着く理由としては

ドルイド教の祭祀達はウィッカーマンという巨大な人形を作り

そこに人を敷き詰め焼き殺して悪魔に捧げられていたという感じなのですが

 

普通人はこんな事好んでやりませんから

喜ぶ相手が居て、とても敵わない相手が居て

生きるために信仰も止む無しという感じなら

こんな氣持ちの惡い宗教でも残さなくては となります

 

巨人は食べるものがなくなると共食いを始めたとエノク書にありますので

人肉喰いは爬虫類人も可能性はあるかな?!とも思っていますが、

この末裔達の残した宗教と、その仕業の可能性も多分に見えてきますね

 

結局はこの辺の氣持ちの惡い儀式が明るみに出たのか糾弾されたのか

一時的に姿を消して

古代ペルシャなどでゾロアスター教へと形を変えた とされていたりします

 

そしてこのもの達の連れてきた信仰の対象であったのが

巨人の末裔アマテルやスサノオで

彼らはうまいこと日本にも神として残っていき

 

表の顔は八百万の自然崇拝教で、巨人に対するイメージを隠すために

男神天照が女神アマテラスだったりして実在性を隠す様にして

また表の顔はやんちゃなスサノオで裏の顔はスサノオ=牛頭天王という悪魔の化身といった感じで

どうしても隠しておかなければ何かが可笑しいとバレてしまうという事なのでしょう。

これで諏訪神社の御柱祭が実際に少年をくくりつていたという事も合点がいきますね

 

それでは話を

・徐福の2回目の不老不死のお薬探し

に戻しまして

 

2回目はイチキシマヒメという、海の一族に案内させたというのがありますから

このイチキシマとは壱岐の島かな~と思っていまして、

その壱岐の島を中心に大陸と日本とを繋ぐ海のグループがあったと思います

 

後の海部氏かも知れませんし、

倭寇や村上水軍の様な存在へと変わっていったかも知れません

 

まあ、

徐福が熊野に足跡を残しているのでしたら、

そこでスサノオが繋がって、韓国に渡る際の橋渡しになるとか

戻ってくるとか説明がつきますね

 

というか、このスサノオに関しても

本当は徐福達が連れてきた巨人の末裔ではないか!?と自分は疑っています

 

スサという国の王だったものでスサノオ

DNAから日本人では無いので空氣が読めない

だから惡い事も惡いと思わずやってしまう

 

おそらくイサナキの子供ではないのは確かで

イサナミの子供であるとされる理由が何かあるのでは!?

裏に何か意図があるのでは!?と思います

 

アマテルは巨人

ツクヨミは月を読む 月氏

スサノオは巨人でやはり徐福達が連れてきた

 

 

実はイサナキイサナミの本当の子供は

ヒルコヒメの和歌姫と

石鎚彦の尊だったのではないか!?とか思ってしまいます。

 

ちょっとまた逸れたので戻って

ホツマに戻ります

 

このシリーズの途中から良いな~と思って導入したとあるサイトのホツマの訳は

やはり、原文見るとなんか全然そんな文字載ってないよ この物語マジか!?という事に

 

最初は詳しいと思いましたが、

今は、何かどこかに都合の良い解釈なのでは!?という事になりまして

やはり、適当な感じで原文を

・感じたまんまにを中心に解釈

して話たいと思います

 

考えてみれば、このサイトの様に

日本の象徴ともされる天皇のルーツや

この国の基盤の歴史に当たる箇所ですから

真実には触れさせたくないと思うんですよね

 

だからこういった機関や検索トップのものって怪しんでも良いかな!?

と思いましたし、

 

この解釈と原文を読んで、

それ都合良くない!?という箇所にこそ真実が

多少隠されている氣がするので

そういう風に参考にしていこうかと思います

 

なので原文から感じる事が第一になります

 

例えば、

今回も冒頭の方に

フタカミミメオ ミコトノリ カンミムスヒノ ヤソキネカ モロトハカリテ クラキネカ

とあるのですが

 

このフタカミの事をイサナキ・イサナミと断定しているところとか引っかかります

 

自分の中ではイサナキはもうとっくに離縁して死んでいるので

ここでもう一度存在するかの様に考えることはどうしてもできません

 

そこでおかしいな~と原文を読んでみると、

やはりイサナキ・イサナミの名はありませんし、

 

カンミムスビのヤソキネと書かれていますから

毎回、フタカミ=イサナキ・イサナミと訳しては

無理やり実在させた感じに聞こえ違和感を感じてしまいます

 

ちなみにこのヤソキネはイサナキの兄にあたり、

6代目タカミムスビになりますし

アマテルの12后(きさき)を決定する とあります

 

まあ、こんな感じの事が多々ありますので

適当ですが、自分流に感じたままを話す事も混ざっていますので悪しからず!という事で

進みます

 

で、

 

皇統を絶やさない様に12の姫を迎えたあとからになりますね、

ん~これってハーレムですよね。良いな~。

でも、

・ハーレムを違う目線で見れば

今までは夫婦で男女一人づつだったのが、

このアマテル以降、ハーレム制導入ってことは

ある種文化が変わった 支配者が変わった

 

なにかこう中東あたりの国王の様にはべらかし始めた

という見方もできるかと思います

 

で、瀬織津姫が内宮に入り、

むかつ姫となって正妻になるんですね

 

これも名前を変える理由があまり良く解りませんが、

とりあえず進んで

 

で、その瀬織津姫が居た南宮の後釜にウリフ姫が来て

そこから閏年も始まった様に書かれています

 

そして

・番外編

的な感じ

 

イヨツヒコという人が伊予(愛媛)の国主だったが、

そこにアマテラスの弟ツキヨミが現れてアワ歌を教えていったということです

 

そうして感動したイヨツヒコは自分をアワツヒコとも名乗る様になり、

その後、イヨ二名はイヨとアワに別れていったということです。

 

でも一番上の兄に当たる

イワツチノミコトも石鎚でなんかしてたっぽいから

伊予に関しても何かしらがありそうですね

 

また日高見国(現仙台あたり)は6代目タカミムスビ・ヤソキネが治めて、

宮津の国(現あまの橋立あたり)はトヨウケ神タマキネがおり、

その孫にあたる7代目タカミムスビ、タカキネも来て助けたとされています。

 

が、どういうことでしょうかね!?

 

この宮津の国周辺をサホコ治たる国として

イサナキの父であるアワナギにより平定・開拓されたとありますから、

平定されたと思っていたところにまた反乱が起きて

 

タカミムスビ一族が向かったというよりは

アワナギが平定したところに

息子イサナキの不祥事の因果から

娘イサナミに恥をかかせたとタカミムスビが滅ぼしに来た とも取れますね

 

理由が解らない方は

前回までにイサナキが恐らく、拐かされ

何者か女性と逃げたというお話をしてますので

是非聞いてもらえたらと思います

 

あと、イサナキの父に当たる 

アワナギは妹のアワナミと夫婦であり

これはハヤアキツヒコとハヤアキツヒメの子供に当たりまして

 

この二人も当然の様に兄と妹で夫婦になっており

血の濃ゆさが氣になるところですがまあそれはおいといて

 

香川県の志度町の延長旧記によると

ハヤアキツヒメが御来航したとありますので

 

このカップルは古事記なんかでは逆に

イサナキイサナミの産み落としたもの扱いですが、

実はイサナキのお祖父さんとお婆さんにあたる人たちになりますね

 

そして、古事記なんかで意図的にそうした事を考えると

隠したい何かがありそうです

 

このハヤアキツカップルは海の民として見られており

アワナギ、アワナミも同様です

 

アワナギ、アワナミに関しては東大阪の2つの神社に祀られているのですが

古代において、東大阪まで海だったのかもしれませんね

 

もしくは後付けでなにかがなにかして祀られたかもしれませんが

 

まあこの一族は

イサナキまで近親勾配をしていたと考えられますので

 

古事記なんかで逆にした理由としては

その辺を考慮しての事なのか、もしくはこの血筋の系統を辿るとまた

天神と称するものに変えざるを得ないのか!?

 

辿らせたくないもの と言った感じは受けるという事は感じます

 

が、ホツマによると最初のあやで出た

住吉のカナサキ あのヒルコヒメを拾ったとされる人ですね

その人がハヤアキツヒメの父に当たるという事なので

ハヤアキツヒコの父にも当たるのかな!?

 

まあまた話逸れるんでホツマに戻りましょう

 

 

月隅、九州筑紫はシマツヒコから7代統治したご時世になり

さっきのカナサキも実はシマツヒコの7代目とされていまして

カナサキから枝分かれした分家になる宗像氏とアツミ(現滋賀県あたり)を助けシム

という事で

 

だれが助けたのかが良く解らないのですが、

良いご時世だった という事らしいです

 

 

なのでこのイサナキはシマツヒコの血統に当たりまして

瀬戸内から九州と西日本のの日本海側にかけて、またアツミと呼ばれるところにかけて

この一族が権力者だったと思えますね

国の主な一族ですね

 

シマツヒコに対しても

鴨泳ぎからヒントを得て船を作ったとされ

全国に散らばる賀茂神社はこの海の一族とゆかりがあるとか

貴船神社もそうである様ですね

 

でまたシマツヒコという名前からも

鹿児島の豪族島津氏を連想せずに入られませんね

 

島津氏は源頼朝に見出されて以降世に出た感がありますが、

実はシマツヒコと何らかの関係があったりしそうです

 

島津氏と言えば家紋が十字架で

月氏との関わりというか

むしろ棟梁的立場なのかな!?

くらいに感じます

 

またシマツヒコよりも後の宗方三女神が宗像大社に祀られているのですが

この神様は本当に全国各地で祀られているので

 

この海の民達の力が本当はとても大きく強かったもの

人々に貢献したものであるということが感じられます

 

またこの三女神の一人イチキシマヒメなのですが、

この出生には親父がアマテルなのか!?スサノオなのか!?という事があります

 

まずはアマテルはムカツヒメとの間にオシホミをもうけます

いみなをオシヒトとします

 

次に北と書いてネの局

このネノ局達は4人中3人がイサナキの弟のクラキネの娘達だったりしまして

超近親交配になりますね

 

そのなかのモチコという方が産んだ子が本当はオシホミの兄にあたるタナヒトで

正当な皇位継承者になれなかった理由がなにかしら

 

血の濃ゆい子が生まれたとか、瀬織津姫にゾッコンだったから正室を維持するためにとか

政治的なことなんかも含めるとたくさんありそうですね

 

そしてネノ局の中のハヤコが生んだ子が三つ子になり

さっきの宗像3女神になっていきます

 

この3女神の3番目がタナコと言い

後のイチキシマヒメになるのですが、

この人は徐福を導いた人として登場しています

 

この人はイチキシマヒメとしてだけではなく宗像三女神でもあるので

全国各地で祀られているので、

イチキシマヒメから徐福の行動をより詮索することは難しいみたいです

 

あとはキーワードになりうるものは橘も何かあるかもしれませんね

調べてみるとこれは日本原産の唯一の柑橘系の固有種の様に書かれていますが

雲南省原産ではないか!?との説もある様ですね

 

もし雲南省原産だったら徐福とまた結びつけて

どこの土地に植えていったか!?ということも考えられるかもしれません

 

 

それと触れておきたいと思ったのが、

徐福が来たとされる佐賀市をちょっと内陸に入ると

吉野ヶ里遺跡があります

 

・共通する月の字

 

ここは徐福の一団が残ったと推察されますが、

この土地に対し、ホツマでは月隅と呼んでいます

あとアマテラスの弟の月読も月という字がつきます

 

これは何か弓月君の一族や大陸の秦が出元の西の国である月氏とも共通する

という事で、ここにももう既にユダヤの匂いを感じますね

 

日本各地にも大月など、月の文字の入った地名がたくさんあるのですが、

これらの人々がコミュニティを作った名残を感じさせますね

 

こんなに繋がってくるなんて逆に不自然なので

あくまで自分個人の勘によるところですが、恐らくそうと見て間違いないのでは!?と思います

 

あとは今回のあやで変わったところは

・スサノオ

が原文で一文出てきてこんなに長い物語なんかあるのか!?って感じなのですが、

 

翻訳されたものには

先ほど本当の第一子を産んだとされるモチコと

宗像三女神を産んだとされるハヤコのいる ねの局のところにスサノオが入り浸り

 

密通に明け暮れていて

このモチコとハヤコは瀬織津姫により

ネノ局の任を解かれ、後釜におしもの豊姫を迎えます

 

これに怒ったスサノオが剣を掴んで駆け出そうとしたところ

ハヤコが言いました

 

「手柄を立てるなら天下を取れ!」と、

そんなシーンがあったとされ

 

そこに瀬織津姫の妹のハナコが居たみたいで

ハナコはその場を切り抜けたあと瀬織津媛に告げ

結局モチコとハヤコは宇佐宮へと流される事になります

 

この二人のクラキネがイサナキの弟であった事からも

瀬織津姫より良い家系であったので

姫はこの一族の恨みを買います

 

そしてスサノオもこのことに憤りを覚え

屋根から馬を投げ込み

下にいたハナコは驚き動転して機織の道具が身を貫いてしまい死んでしまいます

 

ちょっと思うんですけど

馬を屋根から投げ込むって相当な力の持ち主ですよね

やはりスサノオも巨人なのでは!?と思ってしまいます

 

 

で物語としては

日高見国から帰ってきたアマテラスが駆けつけ

スサノオにお前は乗っ取ろうとする心汚いやつだ!と言って歌を詠み

 

普段の刑罰より3倍も重い罰 三回死ぬ様な罰を与えました

ヤマトタケルの足が疲れた由来で三重県になったとされていますが

実はこの故事も3重ですね。

 

で、

しかし、

 

この凄まじい刑罰の最中に瀬織津姫が妹ハナコの仇になる

スサノオに許しを与えたとされています

 

しかし、この際に瀬織津姫が言った言葉の中には

「スサノオは遺伝的に粗暴である」と言う言葉があるので

 

やはりイサナキ・イサナミの子ではなく

途中、イサナキが死んだあと、イサナミは誰かと交わったのか!?

それとも全く関係の無い人間が弟と名乗って皇室に入ってきたとしているのか!?

 

それともそれともアマテラスが後の世に神格化されるので

この人たちに都合の悪い=本当の皇室なのか!? という可能性も感じます

 

だいたいホツマ原文ではこんな事書いている風には

自分は全く読み解けないのでちょっと理解不能の領域の物語になります

 

と言った感じが今回の

ひのかみそふきさきのあやだったのですが

どうだったでしょう!?

 

 

途中、いろんな話に飛びすぎた事は

解りにくくしてしまったとは思いますが、

なんか一つ一つ疑問が出たら、それ調べるので飛びたくなっちゃうんですよね

 

この ひのかみ にもひには 太陽という意味も取れれば

秘めるという意味もとれますし、炎という意味もとれればまた続く言葉も違う意味を持ってきますし

っていう感じで

本当の真実なんかは見えてこないのですが

 

こうやって考察する事自体が楽しみなので

出てきた解釈はそんなに氣にされる事なく

こんな説を言うやつがいるんだな程度に聞いてもらい

楽しんでもらえたら嬉しいなと思います

 

と言った感じで、今回の動画は以上になります

 

昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。

 

 

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