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天皇と大麻 その関係と歴史 part 1

 

 

まず初めに

 

前回の動画でお話しした通り

大麻は人間にとっても地球・自然にとっても

あらゆる世界・シーン・現実において

共存共栄に欠かせない善なる存在である 

 

 

世界を救う 奇跡の薬草 であるということを理解しているという前提と

 

 

そして

 

 

天皇家というものは

神道の主人である伊勢神宮の神主一族であり

その伊勢神宮は神宮大麻を発行し 大麻は神の象徴である としていたんですね

 

 

大麻は不浄なものを浄化させるとして

その部門を斎部氏に担わせていたという歴史もあり

 

日本に大麻を普及させる事に努めた可能性が高いと考察し

それを元に日本人の意識の高レベル化に努め、

 

良い文化を広める 築く事に 大きく貢献した一族 なのでは!?という推察から

話を進めていきたいと思います

 

 

なので今回の話は個人的な見解になりますが、

自分の知っているもの・こと・経験・などからつながるもの

を元にしたお話になります

 

なので全くもって個人的見解で

全く勝手なものになりますが、

そこのとこはどうかまあ

こんな説を唱えるものもいるのか!?

 

 

といった感じで聞いてもらえたらと思います

 

 

では

 

まず、

最初に、

 

 

天皇の祖先を歴史を知るためには

イザナギノミコト・イザナミノミコトから

アマテラスからヤマサチヒコ

天孫降臨のお話になりますね

 

 

まず、イザナギ・イザナミのラブロマンスからの黄泉の国の話の流れ

帰ってきてからの禊をして

 

その際に生まれた

 

三貴子の一人がアマテラスで

そのアマテラスの孫がニニギノミコトで

 

その子供がヤマサチヒコで

 

その子供がウガヤフキアエズで

 

その子供が初代天皇 神武天皇になります

 

 

この辺の話はまず

 

イザナギとイザナミの存在からしてエイリアン過ぎて

怪奇すぎて どうせ正体 宇宙人なんだろ!って感じで 訳が解らないですし

 

神武天皇の生みの親とされるのは玉依毘売ですが

その姉である豊玉姫は山幸彦の妻になり

その子供を産む際に

 

産屋を絶対にのぞいてはならないとしますが

その約束を破ってお産している所をみてみると

正体が八尋鰐であった とされてますし

 

その姉がワニなら

 

玉依毘売も妹なので正体がワニになりますし

ワニの血が半分入ったウガヤフキアエズと

 

玉依毘売の間に生まれたのが

神武天皇 ということで

大変爬虫類人な初代天皇ということになります

 

古事記では八尋鰐 八尋というのは八ひろということで14、4mあるということで

 

 

また

 

日本書紀では龍の姿と表されています

 

で、それと

その豊玉姫はワニの姿を見られたからといって

 

 

海に帰るのですが、

そのワニに恋心な

山幸彦は熱心に海に通っていた所

 

 

海から玉依毘売が出てきて

姉からの手紙ですと 手紙を渡され 読んでは恋心をさらに抱き

そして手紙を返す際にこう記しています

 

行く事の出来ない海の底の宮で、

仲良くくらしたあなたの事は、これから先、どのような事があっても、忘れる事は出来ません。

 

 

と返書するのですが

 

 

これは浦島竜宮伝説となりますが

 

 

実際に宮崎県の日南にある

鵜戸神宮でこの出産は行われたとされていますので

 

 

初代天皇は血が4分の3は

爬虫類人である と言えると思います

俗にいう 人に形態模写すると言われている

レプティリアンそのものではないですか!?

 

 

 

で、その後の5代天皇 孝昭天皇からは わに氏なるものも誕生しているのも面白い所ですね

 

5、6世紀には九人もの妃を誕生させたとあるんですから

どれだけワニの血を留めておきたいのか!? という事になりますよね

 

 

法隆寺にも謎の爬虫類人像も残っていますし、、

 

何かワニ臭い一族ですよねw

 

 

高千穂に降り立ったのはアマテラスの孫 

 

ニニギノミコトで、

 

その地名は高いところに千の穂を垂らすと書いて

高千穂と読みますが

 

現在は稲作にゆかりがあって それを指して高千穂

と名付けられたとされていますが

 

自分はそうは思いません! でして

 

高いところに千の穂をたらす植物といえば

大麻だとお思うんですよね

 

大麻は実に2m以上3~4mになるものもインディカ種なら

ザラな話で

 

まさに要塞のように千の穂を垂らした様に見えます

どちらが高千穂という名前に相応しいかは一目瞭然ですし、

 

また高千穂という地名があるところが

 

宮崎県には二つありますが、

 

一つは山間の渓谷になりまして、

一つは山の峰になります

 

そして周辺で稲作ができるとしたら

鹿児島県側の高千穂の方になると思うのですが、

 

しかしここで氣づくと厄介なのが、

北の高千穂の近辺には真名井の水があり

 

この真名井の水は天皇や皇族にゆかりのある神社の周りには

大抵の場合 存在しているので

ちょっと謎になるんですよね~

 

 

だけど良い水 一説では軟水でも硬水でもない水だとか言うので

まあ、これは元伊勢  籠神社裏の真名井さんの話ですが

 

 

まあ、

地名ドンピシャの箇所については

 

 

稲作には向きませんが

 

麻作には大丈夫ですし、

 

その

稲を植えるんでしたら宮崎市内から津野町にかけての方が平野部で

適していると思うんで そっちでやった方がいいんじゃないかな~と思う次第であります

 

なので総括して

 

高千穂の由来は

大麻を植えた 育てた の可能性が高いのでは!? と自分は思っています

もちろん周辺で稲作もしたのだろうとは思いますので

 

両方かもしれませんが、、、、、

 

 

 

で、ニニギノミコトの息子

 

海幸彦は置いといて、

 

 

山幸彦は 鵜戸神宮(うどじんぐう)にゆかりがあることからも

 

ニニギノミコトの降り立った高千穂とは

天の逆鉾というものがてっぺんに刺さってますし

鹿児島県境の方じゃないかな~とか思っています

 

 

北の高千穂峡は山間の狭路を

抜けていかないと海までいけませんし、

鵜戸神社まではちょっと遠いですし、

 

まあ、UFOあったのなら別ですけどね、、、

まあ、そんなことは置いといて

 

 

紀元前660年

 

神武天皇という人は

兄を差し置いて4番目の皇子なのに天皇に即位すると

 

なぜかここから

 

東征と称し

 

東へ戦争しに向かうんですね

 

大和の国 まあ正確にはこの時点ではまだ

大和朝廷はないので関西地方にある大和と呼ばれる周辺の国  という敵国を見つけ

何故かそこに攻め入る必要があるとするんですね

 

 

人々の平和で豊かな暮らしを作るために みたいな事を謳っていますが

 

 

侵略の大義名分がそれで

 

古代なら

 

遥か彼方に位置する関西に

一地方である宮崎県の南から

何故 目指す必要があったのか!?

 

 

とても謎です

 

 

そして 戦争をするということで

手間も大変かかるだろうに

船を作り、どこからともなく剣を調達し 弓を作

兵糧を溜めたり

と、本当に大掛かりな事を

45歳から始めるに至るんですね。。。

 

 

 

この時代にカンナがあって

精巧な船を作る技術でもあったとしか思えない様な

 

 

描写があったりしますし、

謎~~~  なんですよね

 

 

しかもその

 

橿原神宮 公開の

神武天皇御一代御絵巻の絵には

 

高千穂宮で東征の議をする際に

配下とみられる人達が立派な鎧や兜、剣を帯びていることから

 

紀元前660年前後には立派な銅剣か鉄製の武器を持っていたことになっています

 

 

しかもしかも海を

 

航海して宮崎 大分 福岡 広島 岡山 東大阪 和歌山 三重 と

 

太平洋側も航海していますから

海洋技術も大したものです

 

 

まあその辺はさらに古代からいたと思われる海洋民族たちという存在のおかげだとは思いますが、、

 

 

 

その後も

兄磯城(えしき)という大敵を打ち破るさいは 正々堂々

敵を酒宴に呼び寄せ

酔って油断したところを

誅殺とありますから

 

 

どれだけ

 

策をめぐらしてまで侵略したいのか?!

 

訳がわかりません

 

 

よくよく考えたら

全てのものが神様とした様な教えの

神道の主人になる様な人が

この様な行いをするでしょうか!?

 

と言いたくなりますが、

 

 

話を続けまして、

 

 

 

最大の敵、長すねびこを倒し

橿原というものを造営し

奈良県の橿原市にある橿原神宮にて

日本建国とか称されるんですけど

 

 

 

しかし

 

その関西の地においてもですね

アマテラスにここを開拓しなさい と言われた

ニギハヤヒノミコトという人がいまして 

 

 

 

その人は

 

 

ニニギノミコトの兄であり 

アマテラスの孫とされている人物なんですけど

天磐船に乗ってきて 現在の大阪の交野市(かたのし)の磐船神社に降り立ち

彼が関西を切り開いた事になりなりますし

 

 

ニギハヤヒに仕えているのが さっき倒されたナガスネビコなので

 

 

神武天皇にとってみれば

ナガスネビコは兄親族のおいた代理人、

爺ちゃんの兄貴の手下に当たるわけで 

まさに同族としてゆかりがあるわけですね

 

 

しかも

 

 

神武天皇が攻め入った際に

ナガスネビコがしっかりものを言うんですね

 

「 「我らは天磐船で天より降りた天神の御子饒速日命(ニギハヤヒ)に仕えてきた。

あなたは天神を名乗り土地を取ろうとされているのか?」 」

 

 

と言うと、

 

神武天皇は

 

「天神の子は多い。あなたの君が天神の子であるならそれを証明してみよ」

と言い、

 

 

天神の子孫以外の繁栄を認めない そう言った発言をしています

 

何が気に入らなくて攻め入ったのか?!

 

戦をするということは平和を乱すということですから

これもおかしな話になり

結局 自分が中央を収めたかった としか考えられない事態になります

 

 

まあ

 

よくよく考えれば

 

最初に

神武天皇をそそのかした シオツチノカミの言葉がこれを招いた という事になりますが

このシオツチノカミは山幸彦が海幸彦の釣り針を無くして、途方に暮れていた時にも現れて

たけで作られた篭のような船を用意し、海流に乗って海に出るよう 助言した人物でもあり

何かキーポイントで天孫の子孫を動かしていますね

 

 

これもきっと爬虫類人の豊玉姫、玉依毘売と同族なのでは!?と思いますね

 

 

 

この関西侵略の前に

 

ながすねびこが

出雲族の大国主と戦った ということがあり

 

その際、スサノオに援軍を頼まれた ニギハヤヒが味方して ながすねびこを倒した とあります

 

ニギハヤヒにしてみれば

ばあちゃんの弟に力を貸すという事と同時に

自分の部下を倒す という事になってしまった という事になりますし

スサノオとは仲が良くなかった と言うこともあったようで

苦渋の選択だったのでは!? と思います

 

 

出雲の大国主はスサノオというアマテラスの実弟になりますし

そう言う一族という事で

アマテラス世代は神武天皇の5代前の神様になるので

 

もし本当に

ナガスネビコが神武天皇と戦ったのなら

 

ナガスネビコに関しては

時代的にも

5世代立っていないといけないという 時系列的におかしな事になりますし

 

使えていたはずのニギハヤヒに寄って倒されている とされているので

 

スサノオとナガスネビコは世襲制の名前でないと

 

辻褄が合いませんし

 

もしくはナガスネビコは死んでいなくて

 

 

しかも長命でないと成り立ちません

 

まあ、天皇家は 天皇 長命 と調べていただいたら わかるのですが

 

100歳越えが連発してますので

 

天孫の血か爬虫類の血は長寿なのかもしれませんね、、

 

 

そういやあ

爬虫類人が築いたとされるシュメールの王様に至っては

統治した時の長さが 一代につき

2万とか3万とか良くでてくるので

爬虫類の血は長いと言う事なんでしょうね、、

 

 

まあわかりませんが

 

ちょっと話が進まなすぎていけないので 

こういうのはこの辺にして、、、

 

さらにちょっとまた違う角度から天皇家について

ここからは

 

 

昔 読んだなんかの本だったりネットで調べたりからの推察なのですが 

 

 

日本はもともとアイヌ人の土地であったとされていて

 

自分は

アイヌ人は古代縄文人、先の地球全体における洪水伝説の生き残りで

ムー・レムリア文明の生き残りの人種なのでは!?と思っています。

 

 

 

その人たちは

 

精霊信仰や八百万の神を信仰する

古代の血であるYAP遺伝子を色濃く残し

人に対して 良くする事が普通で

他人も家族も一緒のコミュニティに家族同然に住むといった感じの

超平和で愛の民族であったんですね

 

で豊かで平和な暮らしをしていたのですが、

 

そこに侵略者が突如現れるんですね

 

 

 

478年に 倭王武(雄略天皇)が

 

私の先祖は「東は毛人(蝦夷)を征すること五十五国。西は衆夷を服すること六十六国。

渡りて海北を平らげること九十五国」という征服戦争を行い国を発展させたと

中国の宋王朝の皇帝に奉った上表文があったり

色々と侵略を受けただろう歴史が残っていますし、

 

 

 

奈良時代には

 

宮城県にできたとされる 国府 多賀城(たがじょう)が

大和朝廷の最前線基地だったとみられますし、

 

 

平安時代初期頃になると、

 

 坂上田村麻呂 という人が大和政府の征夷大将軍に任命され 

侵略をさらに開始するんですね

 

どんどんどんどん 北へ北へと 土着原住民であるアイヌ人達を追いやっていくんですね

 

 

 

その際も平和な民族ですから、攻めて来るなら 土地を手放し

 

何も反抗しないで移住した  

 

 

古歌というものにこんな風に読まれた歌があります

「えみしを 一人 百な人 人は言へども 手向かいもせず」

力は100人力というが 戦いもしなかった

 

 

なんて歌や話も多く残るくらいですから

おそらく一方的な侵略だったと思いますね

 

 

しかし、北の端が近づくにつれ

また行き過ぎた野蛮な行為により

その様な平和な民族も戦わざるを得なくなり

アテルイの様なカリスマも現れたりして

大和軍も散々に打ちのめされたりしますが、、

 

 

確か

その後、

朝廷の甘い誘惑に引っかかり

アテルイも 降るなら 共存する用意がある そんな感じのことを言って

投降させ その後、それを反故にする権力者により処刑されるんですよね

これって隣の大陸あたりでよく聴くストーリーだと思うんですよね

 

 

で、

 

ここで思うのは

 

 

アイヌ人が何も北海道より北だけに住み着いている訳がないとは 用意に想像がつく そう思うんですよね

だって北海道 寒から南下したくなりますよね!?

そこでコミュニティを作って平和に暮らしますよね

 

 

しかし、倭人が台頭したり

大陸から渡来人が追いやられてきたり、

また大きな一団で他の部族や種族が目指してきたりと

色々な勢力が来たと言うのも

まあそれは推察できますよね

 

 

大陸に平和なんてほとんどなかった訳ですからね~

 

なので

そんな感じで

移民がたくさん来たと思うんですよね

 

 

古代においても海洋ルートは

交易の跡を見ても

たくさんの証拠がありますので、

 

必ずしも世界は閉鎖されてはいなかったのだということは

想像がつきます

 

 

で、もしもその中の一つが

天皇家に近づいてのっとったなら!? と言うことも推察の枠を出ないわけですよね

 

 

蘇我蝦夷の自殺の際の火災で

それまでの時代の古書が全て燃えてしまったとされているんですから、

この時においてはこの可能性はグンと上がりますよね

 

 

中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原鎌足)さらに(麻生太郎の先祖)とされていますからね~、、

 

で、天智天皇も一説では

山中で行方不明になったとか変な死亡説もありますし

何か臭うぞ! クンクン って感じですよね

 

 

で話を戻して、

 

最初に統一王朝を作ったのが

天皇家という事で

彼らはその後、

まあ実質的には藤原家に動かされていたとは推測できますが、

さらに土着の人々と交戦して土地を奪っていくんですね

 

 

民間レベルではアイヌ人と渡来人の間でも

摩擦なくやっていた地域もあったり

少なからず勾配もあったでしょうから

ゆっくりと定着していってたと思われるのですが、、、

 

 

それは後でお話しするYAP遺伝子なるものの分布を理解すると

納得がいくと思います

 

 

で、

 

今度は伊勢神宮についてなのですが

あの伊勢神宮のあった場所には

 

地に刺したポールがあったというんですね

それまでの土着の人々が信仰していた八百万の神の様なものの

 

その信仰の最高峰に当たるものとして

ポールが立っていたと言っていまして、

 

どうもその上に神社を建てることで

土着民達に 天皇とはそう言った全ての神より

実はさらに上の存在なんだよ! 偉いんだぞ!

というトリックで持って

 

天皇の神格化に努めた と本に書いていたのを読みました

 

まあ、

自分はその辺の真偽のほどはわかりませんが、

アイヌ人が古代における 純日本人である というのは

そうなんだろうな~ とは思いました

 

 

そして、倭人という背は低いが器用にものを作る民族とは結構 共生していたのではないかな!?

と想像します。

 

倭人は稲作を中心とした生活を

現在の中国の東側と韓国南部、そして日本の東北以南に渡り営んでいた cgsを参考にして そう思っています

 

 

まあ、本筋の続きで

 

天皇はアイヌ人の持っていた世界観というか宗教観を

神道としてまとめ

 

その上に位置することで

自分の血族の地位を盤石にして

 

さらに全ての始まりは

天皇家からなんだよ~ と洗脳していったのだと思います

 

 

そしてその後、自国とし、

平和になったところで

大麻の存在を使って、さらなる平和な社会や

さらなる神格化を行っていったのではと思ってしまいます

 

 

まあこの辺は長くなってきてるので

Part 2でやりたいと思います

 

 

しかし、

 

そう言った

 

アイヌ人のことをもう少し考えてみると

アイヌ人も もともと どこかの宇宙人に作られた人類なのかもしれないですよね

 

 

平和で愛の意識の高い民族なら

今の日本人より愛の意識が高い民族だということになりますからね

 

まあその血との勾配があるおかげで

 

現代日本人の中にも

少なからずYAP遺伝子が残るわけで

 

 

確か

本土人は

3~40パーセントとかで

琉球が5~60パーセントで

でもアイヌ人は90パーセントが

この愛の遺伝子YAP遺伝子を残しているんですよね

 

 

こういったことからも

 

大和族が

前の文明の生き残りの愛の意識の高い人種を

侵略し勾配を重ねていった

 

 

と言うことがあったのでは と推察することができると思います

 

ちょっと、

 

大麻と天皇家について語るつもりが

 

 

その前の

歴史的背景の確認が長くなったので

 

 

今回は

一旦この辺で区切りたいと思います

 

 

しかもちょっとアンチーと言うか

天皇の存在について批判的なお話になってしまいましたが

 

 

自分自身はあまり

正直どうでもいいと言うか、、

善か悪か 真実は何か!? 真実に忠実に!?

知ったり、考えたり、想像したりすることが好きなだけで

特にだから良い とか だから悪い とか

そう言った氣持ちはないので

悪しからず と言った感じなので

 

なのでお話に

まだ耳を傾けてもいいよ

 

と言う方は 是非

Part2 をご視聴ください

 

 

と言うことで

今回の動画が良かったと思う方は

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どうぞよろしくお願いします

 

 

では今回の動画は以上になります

最後までご視聴いただき

ありがとうございます

 

 

 

 

 

 

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