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ヴィパッサナー瞑想体験記

 

 

 

瞑想の評判を聞く

 

 

僕が初めてヴィパッサナー瞑想の話を聞いたのは、

2005年、ネパールはカトマンズでの事だった。

 

 

出会う旅人が結構、ヴィパッサナーに顔を出していて、

5人中4人は行って良かったと評していて、

 

うち2人は、「 絶対行った方が良いよ!」

なんて言われたので気になり始めました。

 

一人二人は、頼み込んで2日で帰してもらった。

とか、そんな感じでしたけど、、、w

 

ま〜、

当時のバックパッカーの間で流行ってたのでした。

 

そいで、みんな行くから気にはなっていたものの、

やはりそこはナマケモノ科に属しているせいか、

気にした止まりでした。。

 

 

 

ヴィパッサナー瞑想とは

 

 

ゴータマ・シッダールタさんが

菩提樹の下で悟りに至る時にしていた

瞑想法ですね。

 

( 旅で出会ったヨガの先生は

  それは最後にアサナとつくから

  ヨガだ と言った説もありました、、。。  )

 

 

仏陀になる為の瞑想法で、体系立てて確立されてます。

色々な知識も学べます。

 

( 本当は仏陀とは、悟れる人の一般的な呼び名で、

  過去には仏陀となられた人は

  ゴータマさんだけではないというでした。

 

  ヴィパッサナー瞑想は仏陀へのステップという事ですね。

  多分だけど初代の仏陀さんが

  そこに至るまでのステップを体系化したもの
  

  それが、ミャンマー発祥でアジア各国に今再び!の様な感じですね。

   
  言えば 仏陀さんは宗教をするなとは言いましたが、

 

  これこそが、真の仏教ではないでしょうか!?  )

 

 

 

門を叩く

 

 

で、始めて門を叩いたのはその数年後

ネパールのルンビニというところ。

 

 

ゴータマシッダールタ事、

仏陀さんが生まれたところでした。

 

「 良し! ココで僕も仏陀になるのだ。」

 

そう思い、入門。

 

入ると、紙を書かされる。

それは英語でした、「 ウぅっ!??? 」

とかなったけど、なんとかクリアしました。

 

 

で、

問題は次のカセット。

 

「 このカセットをまずは聞いてくれ。」

と、渡されたカセットは、

 

擦り切れまくっていて、

音もカスカスならば、

聞こえてくる音声も英語。

 

えええぇぇっ〜〜ってなりましてw。

 

僕がいかに語学に精通しているとはいえ、、嗚呼!!、、。。

 

で、

入って早々、

1時間もしないうちにリタイヤしました。

 

意味が解らなすぎて、ココでやっても無駄だと思い、、終了。

 

 

そして数年の年月が過ぎ

日本帰って来て、

旅のタイミング上、行ける事になったので、

 

すかさず、予約して入門。

 

 

場所は、

日本は京都の北に施設がありました。

 

8人部屋みたいなところで寝れて、

ご飯は新鮮な野菜が多く美味しいです。

シャワーもトイレも清潔です。

 

規則

 

 

・コース中10日間は人と目を合わせてはいけない。

・携帯も無論ダメ。

・香水や、整髪料、派手な格好等、およそ馬鹿じゃなきゃ解る程度の

 一般的な清楚感を求められる。

・喋ってはいけない。 

 

(例外として一日終わりに、お師匠様に質問をする事が出来る

 このときだけ、目を合わせて喋ってもいい。)

 

 

 

 

確か、

朝の四時か五時くらいから瞑想開始で、終わるのは夜の九時くらい。

 

その間、食事と瞑想と、庭で瞑想して過ごせました。

 

 

 

最初の3日

 

 

 

最初3日間は意識を鼻周辺に置き、ひたすら観察。

 

という事で、

この3日間で何度帰ろうと思った事か、、、w。

これ皆言ってましたね。

 

 

というのも、

 

ただ座ってるだけでもヒザ周辺は痛むし、

背中は猫背ろうとするし、、  

 

僕の場合、その時一番のネックは

僕の後ろにはおじさんがいました。

 

その人に対して僕は良い想いを抱いてなかったんですね。。

 

何故なら、

彼は ワタシ瞑想人 みたく甚平みたいの着てて

雰囲気は良かったんですが、

 

瞑想始まってるのに  

髪をベトベトにしていてとても臭かったんですね。

 

それと、、

鼻に意識を集中する というのを、

何を勘違いしたのか!?

 

「  フン~~~!  ふぅン~~~っ!!! 」 

 

と、

 呼吸に力を入れてたんですね。

 

「 皆を見れば解んだろ!!!」

って何度怒鳴りたくなった事か、、、。。

 

この人馬鹿なんだなと正直思ってました。

 

勿論、誰一人 フンフンしてる人など居ませんでしたし、

みんな鼻が呼吸しているその周辺を観察する事に集中しているのに。。。

 

こんな感じで、

悪い想念・感情には何度も蹂躙されましたねw。

 

 

そして、

 

夜は夜で 

もの凄い歯ぎしりと、もの凄いイビキでした。。

 

歯ぎしりの酷さ、、これは現実社会でも何かしらの問題が凄い筈だし、

酷いイビキ、、これは鼻、背骨等と脂肪の関係上

       気道がうまく整ってないサインですね。

 

そんな彼の御陰で眠る事も

1、2時間置きに遮断されました。

 

まさに一人で大公害源になっていたのでした。。

 

僕は正直 僕の真後ろにいつもいるこの人のおかげで

とても辛かったのを覚えています。

 

 

 

なので、

3日目の夜

お師匠さんと会話して良いタイミングの時に

 

「 いつもはあのおじさんに意識が囚われていて

  精進が進まない 良い方法はないですか!?」

 

というと、

 

お師匠は

「 おお、、 それは良い修行になりますね~。。

  観察を続けましょう              」

ーーーーーーーガビィ〜〜〜ん!!!

 

としか、言わなかったのでした。

 

 

3日目以降

 

  
3日目の昼からは 今まで鼻周辺に意識を置いてたのを

 

 

一気に頭頂部へ持っていきます。

 

そして、その意識を今度は

首や肩、腕、手、等

体全体へと運ぶというものでした。

 

 

ついに奇跡が

 

日々は過ぎ、 5日目。

 

僕は初めてのビパ奇跡を体験するのでした。

 

いつも通り、長時間のお座りに足が痛み、 

 

何も感じない、 激痛、 イライラする、

痛い〜(軽い) 麻痺、、 

痛いぃい(激しい峠) 痛ぇ~ チキショー

 

 

みたいなサイクルを繰り返していたのですが、

 

全ては流れ去る、アニッチャーという教えに基づき、

 

意識をネガティブな要素 痛い という認識から直ぐに外し、

 

外した意識は、他を観察する事で

もとあったとこに囚われない様にする。    

 

それをループさせる。

 

 

痛いという箇所を観察して、すぐ、

他を観察して と、

 

囚われた内容は流して、

次を意識するというスタンスを続けていたのでした、、。

 

マイナス要素に囚われない様に

観察をしていたら、

 


 

右足と左足が輪っかになった 連結したかの様になり、、

痛みの素がぐるぐると両足を回り、

そしてシュワシュワと流れ去ったのでした。

 

「 す、凄い、、。  痛みが消えた。。!??? 」

 

しかも、シュワシュワと気持ち良かった

爽快感がありました。

 

同時に  

「 こんな事が起きるものなのか!??」

「 人体の神秘は本当に未知だ!!」

 

と、新しい発見に喜びました。

 

この後10日目まで、

再び足が痛む事も無くなっていました。

 

で、その新しい発見に驚いていた時ですら、やはり、

後ろのおじさんが意識に入って来ました。。

 

匂いと音とで、僕の意識をレイプするかの様でした。

 

「 むむぅ 囚われたら負けだ。 ほかを観察。ほかをかんさつぅ〜」

 

と、流しては流し、囚われては流し、をしていると、

 

急に涙がこみ上げてきました。

このとき僕は初めて、

おじさんが何者であるかを捉えた気がしたのでした。

 

このおじさんは、

  自分がどの位置にいるかも 悟る事が出来ない、、、

  どんな行いをしているかも 解する事が出来ない、、、

  まるで他の人の立場に身を置く事がない、、、、

 

  そういった

  レベルと言うか、感じる能力が低いと言うか、、、

  意識がそこにあってみんなとは違う意識下にあるんだ 

 

と、

初めて頭で解るというより、

 

感じて溶けたという表現が適切でしょうか!?

( もちろん、僕が彼より達している、達したからという事ではなく、

  その場において、より観察者であった。 ただこの一点だと思います。)

 

で、

その瞬間に涙がこみ上げました、、。

 

そして、そのあと初めて頭でそういう事なんだ!と理解しました。

 

その時の理解に至れた事をなにかに対して感謝しました。

 

そのなにかとは全てとの繋がり、世界を構成する見えないエネルギー(愛

というものに対してだと、今は思います。

 

ひたすら座って目をつぶっているだけの世界。

 

出来る事は指示に従う事と、

 

背中をピンと伸ばし肩甲骨を寄せて胸を張り、

穏やかに良い感情に包まれた上で、観察を続ける事。

 

良い感情の中にいる事と、

背筋がピンとしながらでいる事、

完璧なリラックスでいることで入る

 

俗にいうα波状態でしょうか?!

この状態までもってけないと、

長時間座ってるとただの苦痛でした。

 

 

実際 

僕は半分以上はこの意識下には無かったです。

 

 

 

愛の奇跡に遭遇

 

そして、7日目でした。

 

最後の奇跡がまたも僕を包んだのでした。

 

いつものとおり座ってたら、

また急に涙がこみ上げて来たのでした。

 

 

何故!??

 

 何だ!???

  コレは???

 

  解らない。 溢れる。。

 

   愛に包まれている。

 

    解るのは全てが愛だと言う事。

 

 

この経験。 この体。 目に見えるもの 見えないもの。。

 

              ーーーーーこのスウィッチが欲しい。。

 

 

この状態でさえいられたら、人生は別に何が起ってもそれはそれだ。

愛の許しの中で僕は他に意識を囚われないで存在し続けられる。

 

 

愛の中にある人生こそ全てだ。。

 

 

良い悟りを得た気がしました。。

 

 

 

その夜

 

お師匠様に質問をして良い時間になり、

 

みんな何を考えてるのか知りたくて

問答を最後まで聴き、それぞれのあるところ確認していました。

 

そして最後まで残った僕は

質問があったので聞いてみました。

 

「 どうしたら愛の状態になれますか!?」

 

「 スウィッチみたいなものがありますか!?」

 

「 あの状態が人として、究極に理想の状態です。

 僕はあの状態でいたい。

 

 そうしたらもう囚われる事は無い。     」

 

 

すると、

お師匠は言いました。

 

「 おお!! それはとても良い質問です。

 

 観察を続けましょう!!       」

 

「 む!

  知らないのか!?

   無いのか!?  自分で悟らなきゃか、、!??

 

  スウィッチが入ったあの経緯をもう何度か観察できれば、もしや、、、」

 

 

とは思いつつも、、

 

残り最終日までもう一度あの意識

愛に包まれる事も無く、、、

 

日々は流れ過ぎました。。

 

 

 

 

感想

 

 

トータルでですね〜、

 

ヴィパッサナ瞑想はお勧めです。

 

理由は、

この 人と出会わない事が不可能な時代に

 

これだけ長時間

自己との対話に身を置ける事は、 

なかなか難しいことですし、

 

しかも、

 

タメになる仏陀ワーズだったり、瞑想語録が

めちゃくちゃ人生のヒントになります、。

 

進んでいた過去の叡智が脈々と受け継がれているところ

 

と言っておきます。

 

 

・私達の一部一部を最高に拡大すると、全ては振動でできている。 
    
( 現在では物理学で証明されてますが、
  BC500年に仏陀さんが既に悟って教えていたのですね。)

 

・動物の死肉を喰らうことで、   
 ネガティブなエネルギーを体に取り入れる事になり、
 自分と言う生命自体の波動値が下がる

( 動物は我々同様、感情を持っている。 

 そして、

 自分の死に際を解る

 

 解ったとき、負の感情が脳内からだされ、それが肉に入る。

 で、そのエネルギーを食して、

 我々の体を構成する必要は無い。

      

 逆に野菜については、

 私達自身が愛情込めて育てた野菜には 
 私達に欠けている、

 必要なエネルギーを持って育ってくれる

 

 と、ある研究グループの最新レポートにあるくらい
 摂取した方が良いものです。           )

 

 

 

行って体験する内容は人それぞれだと思います。

 

僕はこんな感じだったとしか言えないです。

 

僕的には人類共通の愛のスウィッチを発見して欲しいですw。

 

 

  という感じでヴィパッサナ瞑想 お勧めです!!!