か行スタートですね

 

では

仮面とかの仮という字

になりますね

この字は 仮に かりの の部分に偽り や偽物 という意味と

     代わりに 代わりの という代用の意味がありまして

 

 仏教用語では けと呼んで 実態がないこと と言うのがあり

また 本来のものではない 一時的、とか言った意味が今日的な意味になりますよね

 

で、この新字に見られる

反るという字 反対 の反の字は これまた何か ポジティブなものの

イメージを持たないものですよね

 

旧漢字の右側は

ウィクショナリーなんか見ると 由来不詳で済ませてありますし

 

語源辞典なんかは 左側が未加工の玉を表し 右側が両手の象形だという事なのですが

本当かなー!? という事で

 

自分的にはどうでしょう!? 考えてみたけど出ませんでしたね!?笑

 

そのひま とか 余暇の暇 いとま という字とも一緒で意味的には

時間的な意味での使われ方が多い・・・、

 

この めへん の漢字 からニンべん の漢字になると・・・、

んあ ー 全く解りませんね

 

右側は こ また で 小股で歩く= 困った状況

左側は 手に 棒切れの上に 玉を 掲げている

それをニンベンの 人が見ている

そう言った状況

 

なんとなくそういう感じかなと、、、

良く解らないのに突っ込んでしまってごめんなさい!

 

という事で

はい 次ぃー

 

 

次は

会という字 会うという字

ですね

新字体では ひとやね かんむりの 下に

云う と云う漢字 意味的には 人が人のことを伝える

の意味の漢字になりますけど

旧字体はなんでしょうか!?

 

なんか ナニワ金融道に出てきそうな

キャラクターの顔の様な 漢字に見えますね

 

眉毛なんかも繋がってて なんか濃ゆい感じのね

もうメガネのおっさんとおばはんが

会してしまうとうっさそうな感じ・・・、賑やかな感じ

 

もしくは仮面ライダーとか

バッタの顔みたいな感じで ってもう全然関係ないですね 笑

 

って言う感じで

別にこんかいはいちゃもんはなく

 

 

次ぃーっ!

これも回ですね

回ると言う字

 

今の漢字は口が二つですけど

昔は くちへん でその中に干支の 巳(み) があり 巳は蛇を表し また

巳は(い)に通じ、陽盛の極、漸く(ようやく、やっとのことで)陰に移ろうとする所

と言う意味が本来込められていたと言う事で

 

口の中の蛇 と言えば 舌ですよね それが 良く回る

で まあ 字は違いますけど似た漢字の 己 = 自分

と言った感じで

 

自分の心によりフォーカスした漢字だった様に感じます

 

ちゅーこと

次ぃー!

 

 

海という字

ですね

 

これも超解りやすく

母なる海 という意味が込められていますね

 

海は生物にとって 母にも似た存在

この点々を繋げたところに

惡意を多分に感じますね

 

物質主義への誘い

自然崇拝 やおよろずの精神破壊

愚かな感じのおしうりですね

 

 

ッチューコトで

次ぃーっ!

この辺は全部

カタカナのムを導入

されて

広がりと可能性 ポシビリティ ポジティブさ

そう言ったものを排除させていますね

 

拡がりなんて 超露骨に 拡がらなそうなイメージを盛り込んでいます

 

まあ無限のムにしてしまえば

言葉一つでいかようにも取れるではないか!?

と言えますが

 

新字体に良く組み込まれている

 

カタカナのヒとかムとかメとかツとか

なんとなく惡い意味で

拡がりや華やかさを閉める、閉じ込める方向性で使われたり

 

自然との繋がりや 全てを敬う心との繋がり

霊性開花の心を育てない方向性 そう言った意味で使われている

 

そう感じますね

ッチューコトで

 

次ぃーっ!

 

 

自分は真実の旅人とかいう

ちょっと訳の解らない職業を自称しておりますので

多くの場合で訪れる

 

真実=意識 の観点から 意識についての本を出しましたが

その意識に関して

覚める 覚醒する

という意味で

この覚めるという字については

掘らなくてわ! という氣持ちが湧いてきますね

 

まず意味的には

①おぼえる。記憶する。気づく。「感覚」「錯覚」

②さとす。さとる。道理を知る。「覚悟」「先覚」「本覚」

③さめる。目をさます。「覚醒」

 

ッチューコトで

新字体については 早速やはりのツのカンムリ であるつかんむりですね

覚める道を閉ざしたい意図が見えます

 

そして旧字体では

謎の文字になっていますね

 

やはり解らない事は直接イメージしてみると良いという事で

見るという字が下にあって

その上に冠があって

その上に両手を差し出す漢字

でも左の一番上は開いている つまり 繋がり を示す

 

そして真ん中には カタカナのメが二つ

下界から人が天をみて

両手という意識を走らせて受け入れている時

繋がろうとする時

真ん中には メが二つある

両目がある

 

つまりくっきりものが見えている状態で

覺 その意味での 覚醒 覚める という字なのかな!?と、

 

ちょっと意識に関する事になると

本氣でうまく繋げる心が働く様ですね

 

今までになくすんなりこじつけた! といった感じで、、

でもまあ

本当にそういう事だと思いますね

 

天に両手を開くとは

神という隠れ身 見えないものに 心を開く 受け入れる あると信じる

その態度が 繋がる 目が二つある状態で覚醒する と言う事ですね

 

ん~ 良い事言った!

ッチューコトで次ぃーっ!

 

 

 

学ぶという字

になりますね

これも覚醒と一緒で

年上の存在から 学ぶ のと同時に

 

天から学ぶ

神から学ぶ

 

そう言った意味が組み込まれていますね

 

 

まあ、物質主義に頭がやられている人には全く解らない箇所になるでしょうけれど

そういう事ですね

 

この天から学ぶというのは

みえないものである

人の気持ちだったり

こうした方が良い と聞こえる心の声だったり

清く美しく信じ抜く心が連れてくる

 

違う次元からの答え 違う次元にいる存在の 情報エネルギー

そう言ったものが 真の学びですよえ! という事ですね

ッチューコトで次ぃーっ!

 

 

楽という字

ですね

 

新字体はどうでも良いとして

旧字体にある様に

 

これは草冠があれば薬という字で

由来が大麻という植物から来ていますね

 

日本では古来 神宮大麻と言い

日本一の神社である伊勢神宮では

大麻草を乾燥させたものを来客に手渡して

魔除け、お祓いをし、旅の安全を祈願してました

 

今の伊勢神宮は一般人を門前払いにしてますけど

そんなに知られたくないものでもあるのでしょうか!?

 

税金で生きてるくせに とか思いますけど

まあ、この楽という字

 

なぜ大麻由来の文字かと言うと

大麻草というのは僕の他の動画にもあるのですが

 

まさに奇跡の草で

 

人の生活が自然との共生において潤滑である様に

神様のギフトとしか言い表せない様な

万能エネルギーです

 

で、この大麻草

雑草であり、薬草であるのですが

春から秋にかけて成長すると3mにも4mにもなります

 

その穂には白い糸の様なものを吹き出します

 

これを乾燥させたものが

薬の語源になるのですが

 

草冠を取ると

楽という字になります

 

まさにあらゆる意味で楽になります

 

楽しい気持ちにもなるので

結果白血球は活性化され大抵のウィルスは余裕でやっつけます

 

という感じで

これもGHQの物質主義者によって排除された

昔の日本の国を代表する 国そのものを示す様な

存在と由来 その漢字でした

 

で、こういうこというと刷り込まれてる人っていうのは

違法だからどうこうとか言う感じで批判してくるのですが

もう寝ぼけたこと言ってないで

 

ちゃんと勉強してください!

 

と思います

 

無知をさらけ出すのも大概にせい!

真実と真理と悟りで

人と自然とが共生できる

ポジティブな世界構築に必要なものが何か?!

ちゃんとものを考えてから否定してください!

否定なんてできませんよ!

 

だってそれは

私たちのご先祖様の作ったこの國を否定するのと

全く同義であるんですよね

 

本来、楽という字の隣にあった糸はの上のとこ二つは

糸 であり糸は繋がりも意味しますし

意図するの意図の意味として より意識体として覚醒する

 

そういう意味もあります

と言う感んじで、

正しく知って欲しいと思います

 

チューことで

次ぃーっ!

 

次は巻の

巻の字

ですね

これは今までの複合型で

上の点二つがちゃんと八の字になっていて

末広がりな感じが伝わりますし

 

中の字は 新字体では己ですが

旧漢字では ふしづくり と言って 人がひざまづいて丸まっている状態を示したとありますが

己と言う字よりは

 

丸まっている感が伝わって

昔の本である巻物感が伝わりますね

 

で、この辺調べてたら

本来の部首 旧漢字の意味を伝えようとする

 

保守派・理想追従派と ちょっと揶揄された様な言い方で表される団体と

現状追認派 と言うのがあって

まあ、漢字に関して議論でもしているのでしょうか!?

とは思いますが、

 

自分みたいなものですが

この人たちに求めたいのは

いくら学者として

いろんな漢字の意味や成り立ちを頭にインプットしてきたからって

 

そういった知識から権威性を誇るのではなく

漢字だけじゃなく

ちゃんと真理真実悟りの観点

 

人と宇宙と自然の繋がり

宗教や歴史、人の心の働き なんかを理解して

 

その上でものを喋って議論を推し進めていただければ

同じ答えにたどり着くのでは!? と思います

 

 

残すべきはそう言った意味を内包し

國民を知的に 霊的に開花する

イメージを詰め込んだ 漢字になります

 

自分の中だけかもしれませんが

漢字は感じると全く同義なので

感受性が強い人ってことも重要になりますし

多くの人に感じられる様に ってことも重要になります

 

多くの人に感じられて心にちゃんと染み込む様にって事なら

由来の解らないでイメージが浮かばない様な

冠とか部首とかは全く意味がないのだから

そこに意味を詰め込めていない漢字を現代感じで使っている事自体

現学者たちの無知をひけらかしているものと感じます

しっかりしてくれい!と思いますね

 

そう言った本当、本物の人間でないと

この職業は務まらないですよね

 

と、日教組系なのか解らないけど、

隣国人が日本人に化けて運営しているのかもしれないけど

こう言った感じのGHQの圧力に屈したまんまの

この辺の団体には本当に目を覚まして欲しいと思いますね

 

学こそが人を育てるもので

学こそが国の希望になるのですから

ってことで

 

ハイ次ぃーっ!

間という字

ですね

これ 旧字で門の間にあったのが月だったんですね

驚きです

 

なぜ月を日に変えたのか!?

ここには何かあるはず!という事で

必殺の邪推をしていきたいと思います

 

普段人が生活していて

 

間という字の真ん中が日という字だったら

見上げて あ! 眩しい! 光まぶしー 間ははるか遠いなーという事で終わりますが

 

月だった場合

月を見上げては 間という字を思い出し

月との間に何かを探そうとします

 

それは新月や満月の周期 その間だったり

地球と月の間 間隔 距離を考えたりして

より自然に自然について考え始めます

 

この月に関しても自分は一度考察しているのですが

あれは天体ではなく人工物と言う事なので

そこにいる存在にとって都合が惡い

 

もっというと宇宙人的な存在だったりに目を向けさせないとか

同じ意識体同士で

こっちは囚われ組で

あっちはエネルギー支配者組に分かれている

 

真実の姿が思い出される連想の発端となる部分

そう言うものはカット! と言う事で

 

だいぶ膨らませてしまったかもしれませんが

この字の中の日と 月の あいだにあるもの

 

これはより紐解ければ

何かしらの答えが一つありそうですね

 

 

ちゅことでつぎー

家に帰るとかの

帰るという字

ですね

中国語ではホイジャーという事で

ほいじゃあ始めましょう!

 

新字体は確かにヨリ簡潔で書くの楽になっていますが

旧字体から感じられるイメージは

 

左側から

追うものも足を止める それが 正しい

そして右上の漢字は 手を振っているかの様な感じで

 

で、

立ち去った後は家で巾(きん)布切れを脱ぐのか

その幅を ホウキで掃いておく感じ

 

どうでしょう!?

なんか違うかな・・・。

でもそういやあ、

 

昔 僕が小さかったころ

ご近所さんって必ず

家の周りを朝夕掃き掃除していた様な記憶が

 

あるのかないのか!?

ある様な氣がする感じですが

 

ああやって帰る前に

みんなコミュニケーションしてましたね

 

近所のおばさん同士でね、、

蚊に刺されながら

そろそろご飯作らなきゃ とか言いながらね

 

良き時代

 

と、帰るという字に対して正しそうなイメージを持てないので

そこには帰らず、

 

違うイメージで誘導したところで振り返らず

はい!つぎぃー!

 

 

氣という字

ですね

本でやったから軽くにしておきますが

本来は中に米の字が書かれていて

エネルギーを指す文字でした

 

今はエネルギーを閉める

体内からそんなものは発されてなどいない!

メェ!!という事でカタカナのメですね。

 

本当に氣の使えない漢字学者だと思います

 

 

ちゅことで次ぃー!

亀仙人ですね!?

この

亀という字

は 大麻の麻という旧漢字と似た匂いが感じられますね

特別な文字 である

構成の諸君いつの日かこの字を失う事があっても

良く良くものを考え 氣づいてくれ給え!

ここに記しおき 正しい国の漢字として伝えおくぞ! そういうものを感じます

 

 

まあ、なんか良く解りませんけど、

ん~~ 浦島伝説 や 卑弥呼 巫女 占いの甲羅を焼くやつですかね

 

天からの

神とか

意識体との繋がりからの暗示や答え

 

教えが

何か示される

そう言ったことがあるよ!的な文字に見えますね

 

もうもはや宝のありかが示された文字というか絵というか

地図の様ですよね

 

チュウ感じで次ぃーっ!

 

 

強いという字

ですね

この口の部分がムに変わっていますけど

口は意識体を示しましたから

 

ムは無いと言う事で

意識体など無いと

真実の人の姿を否定しているととれますね

 

やはり刷り込みたいものを刷り込む

そのまんまな感じがします

 

 

では次ぃーっ!

 

 

教えるという字

になりますね

新字体では

ツチノコと書いて 考える 幻の生物で 考えるという行為になりますね

なんか意味不明です

 

右側はぼくにょう とか のぶん とか言われるそうで

まあ文だから 引き継いできた文章化されたものでも共に考えるという事なのでしょうか!?

 

で、旧漢字では

カタカナのメと ナ に 子供の子で でも

ナと子で 存じ上げるの文字 存じるにも似てますね

 

やっぱり

土の字に変えているところが

キリスト教が上みたいな 十の字が見えてなんか

心底反吐が出そうな感じなのですが

 

天のメだとすると

これは天の教え と言った 日本人古来から持つ 自然由来のものになりますね

 

やはり物質主義、キリスト教をつかったイエズス会に乗っ取られている姿が

良く見えてきます

 

不必要な悪魔主義者たちのしそうな事ですね

ちゅ事で つぎーぃー!

 

 

これって何故!? 君と羊を横並びにしたのか!?

そして群馬県の

群の字

なのか!?って事ですよね!?

という事で

君は人を表していて 羊と横並びでは無い

 

畜生と人が一緒という事は

日本の死生観ではおかしいわけですね

 

しかし

牛頭天王(ゴズテンノウ うしあたまてんおう)というのが

群馬県には須賀神社 大宮神社

八坂神社 桐生祗園祭の様な感じでたくさん名残を残しております

 

他に東京や埼玉もあるのですが

何故か!?群馬には縁があるという事で

 

これはユダヤの一群が来た時に

この様な

宇宙人の作った創造物を連れてきた

という可能性が見えますね

 

エノク書には200人の堕天使が降りてきて

人の娘と結婚して 巨人を生んだとあり

 

また

彼らは自分たちの種と動物たちの種を交わらせ

ハイブリット達を生み出した

とあるんですね

 

この宇宙人たちのリーダーがユダヤのヤハウェであり

イスラム教のアッラーに当たるんですよね

 

でまあこの辺の 氣持ちの惡い宗教が引き継いでいるのは

愚かな教えだけではなく

巨人とそういった半身半獣のクリエイチャー 創造物ですか!?

 

これを東の果ての日本にまで

ユダヤの一部は連れてきたという事ですね

 

そして日本各地に

アマテラスやスサノオは巨人ぽい逸話だらけですし

 

牛頭天王はあまりに常軌を逸しているので

密かに信仰させた

そういう感じで残っているという訳ですね

 

悪魔信仰者達は

こういう存在好きですからね~・・・

 

まあ、これ以上は話しそれすぎるので

群の字ですね

 

君主=羊の様なイメージ

 

この発想は普通の人間に宿っている

意識体には想像しにくいのですが

 

それに宿ってしまった

意識体達は能力も上だし

信仰の対象にならないと 種が違うので

いじめの対象になる

 

そう言った感じでしょうか

色々な理由があるとは思いますが

くだらない理由であり

どうでも良い理由だと思います

 

 

ちゅことで次ぃー!

 

 

契約の

契の字

ですね

これ新字と旧字で違うの

主の字が 下まで貫通しているかどうか!?

 

なのですが

本当にたったこれだけで

この字の持つイメージが全然違う様に感じます

 

新字体だと

主人に大きな刀を突きつけている様な感じ

不道徳な感じに感じます

 

しかし

下の旧字だと

ちゃんと楔を打ったかの様な感じが伝わり

 

契り

大切な守るべきもので

守らなくては

主たる力が無くされる ちぎられる

 

感じが交わされているのを感じます

 

 

ちゅことで次ぃーつ

 

 

国という字

ですね

これも 物質主義が刷り込まれていますね

 

本来は国とは新字体の様な

王様や 玉という字に感じられるような 宝物 つまり物ではんあく

囲われたある地域にある 人の 事を指して

國という字だったんですね

 

国とは そこ住む人が主人公なのか!?

 

それとも

エネルギーエリートが刷り込みたいような

王様や物質なのか!?

 

人の人生の主役は誰なのか!?

 

何故体制に従わなくてはいけないのか!?

 

訳のわからん主義や主張を刷り込まれなくてはならないのか!?

 

国境だってあんなもん

地図の上だけの概念で

実際そこに言ってもなんにもありませんからね

 

建物とか人がいるだけで

国境 なんて線が 目に見える形で延々と続きているわけではありませんからね

 

この隔離 断絶 繋がりを無視した姿

こう言ったものも見つめ直したいというところになりますよね

 

チュウことで

カ行もやっと終わり! を迎えましたね

 

 

サ行はまた今度です

それでは最後まで

ご視聴いただきまして

ありがとうございます